宝山歴史行脚 2015年5月6日

宝山 歴史行脚 Vol.2 「さつまいもの伝来」

第2回目の今日は、我々の焼酎造りには欠かすことのできない‟さつまいも”の歴史について触れたいと思います。d(^_^o) 現代でも使われている、焼酎の蒸留技術は15世紀には鹿児島に伝わっていましたが、当時の鹿児島で作られていた焼酎は「米焼酎」でした。それもそのはず。当時の日本にはまだ薩摩芋がなかったからです。薩摩芋が登場するのは16世紀に入ってから。初めに中国から琉球へと伝わりました。その後1705年に琉球を訪れた薩摩藩の「前田利右衛門」が薩摩芋を本土へと持ち帰り、その後当時の薩摩藩=現在の薩摩半島で広く栽培されるようになりました。ちなみに全国的には“薩摩芋”と呼ばれていますが、鹿児島で中国(唐の国)より伝来した芋ということで、未だに唐芋(カライモ)という呼び方も根強く残っています。その後、薩摩芋が多くの飢饉(亨保の大飢饉や天保の大飢饉など)から人々を救ったこともあり、前田利右衛門は薩摩芋の名産地でもある鹿児島県指宿市の「徳光神社」に祀られています(*_ _)長い旅路の果てに多くの人の命を救った“さつまいも”は、本格薩摩焼酎の文化を継ぐ我々にとっても、欠かすことのできない恩人です!

 

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