宝山歴史行脚 2015年5月20日

宝山 歴史行脚 Vol.4 「ザビエルと薩摩の芋焼酎」

第4回目の今日は、歴史の授業で必ずと言ってよいほど登場する、日本で初めてキリスト教を伝えた「宣教師ザビエル」と焼酎の意外な関わりについて触れてみたいと思います。( ^_^)/ 1546年、日本は戦国時代の真っ只中。その頃、薩摩を訪れたポルトガル人(ポルトガル貿易船船長ジョルジュ・アルバレス)が日本の事を報告した記録を残しています。その文献の中に「米から作られた蒸留酒(オラーカ)が飲まれていた」という記述があり、これが米焼酎と考えられています。この日本報告記録、実はフランシスコ・ザビエルからの依頼で書かれたもので、この3年後の1549年にザビエルは布教のため再度鹿児島を訪れています。ザビエルはインドのゴアから東アジアにかけて布教活動をしている途中、アンジローという鹿児島生まれの男と出会い、アンジローから聞いた鹿児島や日本の話にとても興味を持ったのが日本に来るきっかけになったそうで、鹿児島とはとてもゆかりのある人物なのです。どんなお酒が飲まれているかなど、事細かに下調べをさせていたザビエルは、もしかしたらお酒が好きだったのかもしれませんね。( ´艸`) ザビエルは日本に初めてワインを持ち込んだ人物としても知られており、薩摩の国の守護大名・島津貴久にワインを献上したという記録も残っています。約500年前にザビエルがしたように、本格薩摩焼酎を飲んだことが無い世界の国へ伝播させていくことも、私たちの使命と考えています。

 

その他の「宝山歴史行脚」の記事